真宗大谷派 摂晃山 順信寺

歴代住職

開基住職(第一世) 順信寺釋全梁

法 名  順信寺釋全梁

俗 名  禿  全 梁

生 没  明治14年5月2日~昭和22年10月7日

略 歴

秋田県山本郡能代出身。真宗大谷派白龍寺下寺の住職、禿順梁の三男。帝国陸軍軍曹。日露戦争に於いて金鵄勲章受章、同戦争二〇三高地攻略戦参加後に退役。後、大谷派教師として北海道開教に従事。北海道高島郡高島村(現:小樽市)から、開墾の意気上がる歌登へ真宗開教のため入植。大谷派歌登布教所を廃し、寺院創立に際して住職就任。

第二世 冷晃院釋敏梁

法 名  冷晃院釋敏梁

俗 名  禿  敏 雄

生 没  明治41年8月17日~昭和13年10月17日

略 歴

禿全梁の長男。開基住職と共に歌登へ入植。第二世として本院住職に就任し、真宗篤信農民によって拓かれた歌登中央地区の奥、開墾の意気上がる本幌別地区に正当なる真宗を承継すべく、本幌別支院・墓地を設置。40歳で死去の後、第三世住職就任までの間、支院に駐在していた開基住職が本院を守ることとなったため、止むを得ず本幌別支院・墓地は解体された。

第三世 晃信院釋隆雄

法 名  晃信院釋隆雄

俗 名  禿  隆 雄

生 没  昭和3年10月27日~昭和57年9月27日

略 歴

禿敏雄の長男。歌登幼稚園を境内内に誘致、青少幼年教育・教化、歌登町内にある市街地衛星集落の布教を積極的に展開。発展を続ける歌登に報恩の真を捧げ、真宗寺院の寺院たる本意を伝えるべく、地域に根差した教化活動を推進した。

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